ある日の出来事、ある日の日記

2020年5月はパンと自家製ベーコンの作成と2003年SARS流行下の中国留学生活を回想

新型コロナウィルスの蔓延防止対策中の生活&2003年SARS流行下の中国留学生活を回想

みんがです。

皆さまお疲れ様です。

私は、4月は新型コロナウィルスの蔓延予防のために外出を自粛していましたが、
5月も引き続き緊急事態宣言に従って家で過ごしています。

演奏の仕事も、例年であれば必ず入ってくるものが来なかったり、
去年から入っていた演奏予定がキャンセルになったりして、2月以降ずっと仕事もないので、
自粛して家にいるというよりは、仕事がないので家にいるという感じです。
買い物も週に1~2回程度なので、まさに外出自粛の模範生です。

毎日ニュースでは、政府の外出自粛要請に対して、
このままでは経済が危ないとか、コロナ感染より自由に生活出来なくなる方が困るとか、
いろいろな意見があって、何が正しいのかわからなくなります。
でも、こんな大規模な感染症の対応は、きっと誰もが初めての経験なのだから、
経済を優先するべきなのか、感染防止を優先するべきなのか、
どういう判断が本当に正しいのか、仮に未来に行って結末を見て来た人がいれば別ですが、
どんなに偉い人が話していても、本当は誰も正解はわからないのだと思います。

私は今は、治療薬が確立されるまでは、とにかく感染を広めないことが、
自分が唯一出来る終息への近道だと思って行動しています。

間もなく国から支給される予定の10万円も、今は困っている人の為に必要だと思いますが、
いま配られたお金は、必ずいつかこの先国民から何倍にも回収される事になると思うと、
将来の経済の方が心配でもあります。
未来の若い人たちが、この負債を抱えて苦しまないように、
なるべく、将来の大幅な増税につながるような損害が少なければいいと願っていますが、
その為には、感染症を早く終息させて被害を最小限にするしかないのではないかと思います。

家ではパンと自家製ベーコン作成、外出は車の中から春の海の景色を満喫。

最近、小麦粉が品薄で、高額で転売されたりしているというニュースを耳にしました。
この外出自粛の影響で、お家での時間が増えてパンを焼く人が増えているそうです。
今日、実際にスーパーに行ってみると、本当にパン用の強力粉が売り切れていました。
普通の小麦粉(薄力粉)はたくさんありましたのでご安心下さい。

私は外出自粛とは関係なく、以前から時々家でパンを焼いていました。
パンを焼くと言っても、私は材料を計って機械に投入するだけで、
生地をこねてねかして焼いてくれるのはホームベーカリーです。
うちで使っているのはパナソニックのホームベーカリーでした。
パナソニックの製品はドライイーストの自動投入機能があるので失敗しないです。

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これが先日作ったパンです↴
自粛パン焼き自粛パン焼き
家にあった強力粉の分量が足りなくて、薄力粉を足して作ったので、
仕上がりが不安でしたが、なんとかいつも通りに出来ました。
指定の分量以外にオリーブオイルを足すと生地の仕上がりが良いように思います。

さらに、別の日は自家製ベーコンを作ってみました。
バラ肉とロース肉の2種類で挑戦しました。
自家製ベーコンは初めて作りましたが、想像していたよりは簡単でした。
出来上がりはこのような感じです↴
自家製ベーコン自家製ベーコン

そしてまた別の日には、車で海を見に行きました。
外出中は、車から降りずに人とは接触しないように気を付けていました。
写真は、人のいない場所を見つけたので車から出て撮影出来ました。
見渡すかぎり、青い海がとても綺麗でした、波の音も心地よいです↴
自粛海と桜
淡いピンクの桜が咲いています、海の青とのコラボが美しい↴
自粛海と桜
5月なのですが、山にはまだ白く残雪が残っています↴
自粛海と桜
私は、ずっと家にいるのは、前からあまり苦ではなかったのですが、
今こうして演奏の仕事が一つもなくなってしまってみると、
練習は好きですが、本番のない練習を意欲的にずっと継続していくには、
精神的にはとても努力が必要だと感じています。
この日、海や山の雄大な自然に触れたことで、大きな力をもらいました。


2003年SARS下の中国留学中の生活を回想する

私は、2001年~2003年中国の瀋陽音楽学院に留学していました。
今回のコロナウィルスの蔓延による緊急事態宣言に伴って、最近よく思い出すのが、
私が中国留学中に経験したSARSの流行時の状況です。
SARS(重症急性呼吸器症候群)は、中国では「非典型肺炎」とも呼んでいました。

SARSについて以下に、国立感染研究所の解説「SARS(重症急性呼吸器症候群)とは」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/414-sars-intro.html)の引用をします。
「SARS(重症急性呼吸器症候群)とは、
中国南部の広東省を起源とした重症な非定型性肺炎の世界的規模の集団発生が、
2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)
の呼称で報告され、これが新型のコロナウイルスが原因であることが突き止められた。
わが国においては、同年4月に新感染症に、ウイルス が特定された6月に指定感染症に
指定され、2003年11月5日より感染症法の改正に伴い、
第一類感染症としての報告が義務づけられるようになった。
前回 の集団発生は2002年11月16日の中国の症例に始まり、台湾の症例を最後に、
2003年7月5日にWHOによって終息宣言が出されたが、32の地域と 国にわたり
8,000人を超える症例が報告された。」

ちょうどこの2003年SARS流行の時期に、私は中国で生活していましたが、
当時4月頃からSARSの流行が始まると、間もなくして、
日本は中国からの飛行機の受け入れを禁止しました。
今考えると、当時の日本の対応は早かったように思います。
私が入国禁止の措置の事を知ったのは、日本行きの最後の飛行機が飛ぶ前日で、
学校の外事課の先生に、「明日日本行きの最後の便が出るけど、あなたは帰らないのかい?」と言われ、
それまで全く情報が入ってきていなかったので、びっくりしてしまいました。
もちろん、1日前に飛行機がとれるはずもなく、突然日本から締め出された気持ちで、
今度いつ日本に帰れるのかがとても不安でした。

しばらくして、瀋陽市日本総領事館からSARS感染予防の為として、
日本に帰国できなかった留学生に対してビタミンサプリが届きました。
割り当ては2人に1瓶なので、留学生2人で瓶から半分に分けなくてはなりませんでした。
近頃、「アベノマスク」という言葉を聞くと、あの時のビタミンサプリの出来事を連動して
なぜか思い出してしまいます。

瀋陽市から外国人留学生に届いた通知文です↴
SARS資料
これは、外事課からの通知文書↴
SARS資料SARS資料
大体の内容は、今回新型コロナウィルスの予防でも言われている感染対策の
「密」を防ぐ事と、消毒作業について書いてあります。

これは留学生の寮です↴
瀋陽音楽学院
これは、学校の廊下です↴
瀋陽音楽学院
校内どこかの建物に入る時は入り口で必ず検温されました。
ちょっとでも平熱以上の熱があると、学内に入れてもらえないので、
無条件で授業は受けられません。

また、学内で発熱者が出ると、例え夜間でも寮内の生徒全員が外に出されて、
寮の中すべてを消毒液でびしょびしょになるまで薬剤を散布します。
当時私は、ウイルスも恐ろしいですが、大量の消毒薬の方が人体に有害なように感じて、
消毒作業がいつ始まるのかといつも恐れていました。

そうこうしているうちに、市場で食料や日用品の買い占めが起きている事に気が付き、
お店にお米を買いに来ましたが、2時間行列に並んでやっと順番になっても、
外国人だと思ったからなのか「もう売り切れだからない」と言われたりして、
お米はずっと買えなかったです。
でも、他の食べ物はあったので、その時に手に入る物を食べていました。
饅頭(まんとう)という白い蒸しパンは、学校のパン売り場で売っていて、
普通のパンより少し安かったのでよく買いました。

当然ですが、外出の制限もあり、その日の朝に、決められた検温所で検温して、
発熱がない事を証明する紙を発行してもらい、
その紙と身分証を携帯していないと外出も移動もできません。
学内から出るのは比較的容易だったのですが、
もし身分証を忘れて買い物に行くと、戻って来た時に敷地に入れてもらえずに、
寮に帰れなくなってしまいます。
そんな時は、門の前で待っていて、知っている先生や留学生が通りかかったら、
お願いして身元を証明してもらうとなんとか入れました。

この2003年のSARSの時は、32の地域と国で8,000人を超える症例があったそうなのですが、
家族に聞くと当時の日本ではそれほど感染拡大しなかったようで、
あまり印象に残っていないようでした。
それと比べると、今回の新型コロナウィルスの蔓延は大変な事だと思います。

今は、未知のウィルスについてわからない事が多く、対策も不安ではありますが、
日々の生活感染予防しながら過ごしていくしかありません。

早く治療薬やワクチンが確立されて、感染が制御できるようになり、
今までのように、自由に演奏の仕事が出来るような環境に戻ってほしいと願っています。
今は、仕事がない人も大変ですが、仕事がある人も感染リスクや対応で大変だと思います。

自分だけが我慢していて仕事がなくて大変なのではなくて、
他の人もそれぞれに苦しいという気持ちを忘れずに、
危険な医療現場の医療関係者の方々や大変な時に役所や現場で働く公務員の方々、
レジの方や配達業者さんや、その他の働く方々の皆さんに感謝して、
今は感染を広めないように日々過ごそうと思います。

中国琵琶の写真
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中国琵琶(pipa)をご紹介します! はじめまして、みんがです。 私は、2001年~2003年まで中国瀋陽音楽学院に留学していました。 留学中は、民族器楽科の劉剛氏に師事し、 中国の伝統楽器である中国 ...

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