この記事では、中国琵琶で「陽春白雪」をどのように演奏したら良いかの考察と、演奏する上でのポイントを説明しています。参考にした文献は、上海音楽出版社「琵琶考級訓練問答」庄永平 編著(2002年)、上海音楽出版社「中国琵琶考級曲集」解金副・叶緒然・謝家国 編(2002年)です。
陽春白雪について
「陽春白雪」は、中国琵琶曲を代表する古典作品です。「老六板」という非常に歴史の古い、広い範囲で流行した古典伝統曲が原型で、「老六板」を基本として装飾を加え、さらに他の曲の要素を取り込んで成り立っています。
「陽春白雪」という曲名の通り、冬が去り春が訪れて、大地に万物の生命力があふれ出る情景を、中国琵琶独特の技法で旋律を作り表現しています。
もう一つ、四文字熟語としての「陽春白雪」という語句があります。
こちらの「陽春白雪」の意味は、すぐれた人と凡人を対比させて使う言葉で、「陽光白雪 和するもの少なし」と言って、すぐれた人物の言動は理解しずらく、一般大衆には調子を合わせずらいという例えです。ここで使われる「陽春白雪」とは楚の国の高尚な歌曲のことで、「下里巴人(xia li ba ren)」という低俗な歌と対比されます。「陽春白雪」のような高尚な歌は、大衆は和して口ずさむことは出来ないが、「下里巴人(xia li ba ren)」のような低俗な歌は、すぐに和して歌えることから、高尚で優れた人の言行を理解できる人は少ないことの例えとなりました。具体的に例をあげると、オペラはみんな歌えないが、流行歌は多くの人がすぐに歌えるという感じです。
四文字熟語としての「陽春白雪」の意味は、中国琵琶曲の「陽春白雪」の表すテーマとは異なりますが、中国の人と話している時に、四文字熟語の方の「陽春白雪」の例えを使われる事もあるので、参考として記載しました。
陽春白雪をどのように弾くか
この曲の特徴的な部分は、連続する「推」と「挑」と「半輪」の組み合わせです。オープニング部分の第一声もこの音から始まります。「陽春白雪」の中で、この「推」と「挑」と「半輪」の組み合わせは、まさに春の生命力の活発な、雪解けの水滴がキラキラとはじけるような情景を表現している部分なので、この曲のテーマとも言える重要な部分です。
下の図は、「A:挑半輪」「B:挑長輪」の部分の楽譜の抜粋ですが、Aの「挑」と「半輪」、Bの「挑」と「長輪」の弾き方はしっかり区別して演奏しないとなりません。
見た感じでは、図のAの様に「挑」と「半輪」が連続すると、Bの「挑と長輪」と変わらないように見えるかもしれませんが、Aの「挑」と「半輪」の組み合わせについては、雪解けのしずくが、一粒一粒になってはじけるような様子などをイメージして、「挑」と「半輪」を独立させるように弾いていくと良いかと思います。
Bの「挑と長輪」は、つまりは「長輪」なので、「挑」の音質の違いがアクセントにはなりますが、分断せずに一連の「長輪」として演奏します。
他に特徴的な部分は、【五】鉄策板声に、「絞弦」という2本の弦を交差させて、ガチャガチャという音を出す部分がありますが、この部分の解釈として私のイメージですが、春の日差しに木の枝に積もった雪が緩んで、ざざーざーっと落雪するようなイメージで弾いています。
【六】道院琴声についても、ここは雰囲気がガラッと転換する部分で、エンディングに向けての、ワンクッションとなります。もし、この部分がなかったら、前半の同じようなフレーズが繰り返す中、エンディングを盛り上げなければならず大変です。この部分の役割は、前半で聞きなれた同じフレーズを一度リセットし、新たにエンディングを盛り上げるための演出です。あまり力まずに、ぽんぽんと軽いイメージで弾くと良いのではないでしょうか。
速度に関する考え方
速度については、楽譜上の表記では、前半は中板(♩=100)、最後の【七】東皋鶴鳴の部分は快板(♩=150)と指示がありますが、全体を通して、活発なイメージを表現できるのであれば、無理して早く弾く事より、一つ一つの技法を大事にしながら演奏する事を優先しても良いのではないかと私は考えています。曲の雰囲気を損なわずに弾くポイントを説明します。
先程も述べましたが、【六】道院琴声については、雰囲気が転換する部分なので、あまり遅くするとハーモニクスと「推」の掛け合いのようなリズム感が表現できなくなります。この部分については、ある程度の速度を保って弾くと良いです。
また、エンディングとなる【七】東皋鶴鳴では、必ず、最後の部分の「突慢」でしっかり減速した後は、残りの11小節は「由慢漸快」の指定通り、曲の終わりを最高潮へ持って行く為に、一定の速さで加速していきます。そうでなければ、この曲のテーマ自体がぼやけたものになってしまうので、全体をゆっくり目で演奏したとしても、最後の部分はしっかり加速して締めくくる事が出来るように弾きましょう。
私がこの曲を師匠から習った当時は、指の力も弱くきちんと音が出せませんでしたし、旋律も単調であまり好きではありませんでしたが、繰り返し曲の情景を思いながら技法と結びつけるように練習していくうちに、技法の組み合わせと変化が楽しくなり、いつしか好きな曲になっていました。
私は、曲への理解が、演奏をより深めてくれると思います。曲のテーマ自体は変化する事はありませんが、弾く人によって何を表現するかは自由です。単なる「上手い」「下手」という評価だけではなくて、多少のミスや至らなさがあったとしても、自分が何を思って表現するかで、1曲の価値が決まるのではないかと思います。ぜひ、自分だけの「陽光白雪」が弾けるように、「陽光白雪」の美しい情景に再度思いを巡らせてみるのはいかかでしょうか。